※アフィリエイト広告を利用しています

5回目の町石道で気づいたこと──煩悩を手放し、新しい自分に出会う旅

高野山と空海の教え

2026年7月19日、私は5回目となる町石道を歩いてきました。

今回の旅は、これまでの4回とは少し違う意味を持っていました。

一週間前、奥之院から一の橋へ歩いていると、偶然、私の師匠である山根さんとお会いしました。その時、以前から気になっていたことを尋ねました。

「なぜ何度も『町石道を歩いて高野山へ行きなさい』と言われていたのですか?」

その答えが、今回の町石道の歩き方を大きく変えてくれました。

山根さんは、こんなふうに話してくださいました。

「町石道は蓮の花でいう根や茎なんや。高野山は花そのもの。町石道を歩きながら日々の煩悩を落として、高野山で新しい自分になり、お大師様から功徳をいただいて帰るんや。」

その言葉を聴いた瞬間、町石道は単なる登山道ではなく、「心を整える道」なのだと気づきました。

だから今回の目標はただ一つ。

町石道で煩悩を手放し、新しい自分になって奥之院へ向かうこと。

そんな想いを胸に、一歩ずつ歩き始めました。

慈尊院から二ツ鳥居へ──焦らず、ゆっくり歩くことが一番の近道

私が町石道を歩くようになって感じたことがあります。

それは、町石道は大きく3つに分けて考えると、とても歩きやすいということです。

  • 慈尊院〜二ツ鳥居
  • 二ツ鳥居〜矢立
  • 矢立〜大門

九度山駅から慈尊院まで約25分歩き、そこから町石道が始まります。

歩き始める前には、丹生官省符神社から見える高野山の山頂を眺めるのが私の楽しみです。

「あそこまで歩いて行くんだ。」

そう思うだけで、自然と心が引き締まります。

歩き始めは体力も十分あり、気持ちも高ぶっています。

だからこそ、一番気を付けたいのはゆっくり歩くことです。

特に六本杉までは上り坂が続きます。

ここで頑張り過ぎると、後半で必ず疲れが出ます。

私は5回目にしてようやく、

「最初に体力を使わないことが、最後まで楽しむ秘訣」

だと実感しました。

今回は理趣経のご真言を唱えながら歩いていると、一匹の茶色い蛇が目の前に現れました。

私には、お大師様が「よく来たね」と迎えてくださったように感じられ、忘れられない旅の始まりとなりました。

二ツ鳥居から矢立へ──人との出会いも町石道のご褒美

二ツ鳥居では、いつも補給と休憩をします。

今回はそこで思いがけない出会いがありました。

町石道を長年研究されている地元の方です。

本来なら15分ほどで出発する予定でしたが、興味深いお話に引き込まれ、気づけば25分も話し込んでいました。

印象的だったのは、

「研究すればするほど、不思議なことが増えて分からなくなる。」

という言葉です。

二ツ鳥居が真西を向いている理由。

その先に善通寺があり、さらに世界地図では空海が学んだ中国・長安へとつながるという話。

さらに、町石道は当時の多くの権力者や貴族たちの寄進によって築かれ、現在の価値にすると莫大な費用がかかったとも教えていただきました。

町石道は歩くだけではありません。

そこには歴史があり、人との出会いがあり、学びがあります。

歩けば歩くほど、その奥深さに魅了されていきます。

そして、この区間は最初よりも比較的なだらかな道が続きます。

最初に体力を温存していたおかげで、景色を楽しみながら歩く余裕がありました。

矢立から大門、そして奥之院へ──歩いた人だけが味わえるご褒美

町石道最大の勝負どころは、矢立から大門です。

ここまで来ると約5時間歩いています。

過去4回は、この区間で体力を使い果たし、「早く着きたい」という気持ちばかりでした。

ところが今回は違いました。

最初からゆっくり歩き、体力を残していたことで、最後まで景色を楽しみながら歩けたのです。

結果として、大門までは約2時間。

これまでで一番気持ちよく歩くことができました。

実は初めて歩いた時は、矢立までは今回より約50分も早く着いていました。

しかし、その後に失速し、矢立から大門まで3時間もかかっています。

「速く歩くこと」と「楽に歩けること」は、まったく違う。

5回目でようやく、その意味が分かりました。

大門に着いた後は、いつものように金剛峯寺、壇上伽藍、一の橋を経て奥之院へ。

三連休の中日ということもあり、多くの参拝者で賑わっていました。

さらに今回は、金剛峯寺で特別に開帳されていたお大師様のお姿を拝見することもできました。

「これも町石道を歩いたご褒美なのかもしれない。」

そんな温かい気持ちになりました。

朝7時30分頃に慈尊院を出発し、大門へ到着したのは14時34分。

奥之院御廟へ到着したのは15時35分。

御廟で旅の無事を感謝すると、心の中がすっと静かになりました。

そして奥之院前から15時51分のバスで帰路につきました。

終わってみれば、すべてがうまくつながった一日でした。

おわりに

町石道は、ただ高野山へ向かう参詣道ではありません。

歩きながら自分と向き合い、日々積み重なった迷いや不安、焦りを少しずつ手放していく道です。

そして、その先にある奥之院で、お大師様に静かに手を合わせる。

そのときには、歩き始めた頃とは少し違う自分に出会えているように感じます。

もし今、忙しい毎日の中で心が少し疲れていると感じているなら、一度町石道を歩いてみてはいかがでしょうか。

一歩一歩進むたびに心が整い、高野山へ着く頃には、新しい自分と出会えるかもしれません。

私も次は、お盆の頃に6回目の町石道を歩く予定です。

焦らず、無理をせず、その時々の自分と向き合いながら、また新しい気づきをいただければと思っています。

南無大師遍照金剛。

タイトルとURLをコピーしました