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理趣経を毎日読誦して気づいたこと──欲を慈悲へ転じる弘法大師空海の教え

高野山と空海の教え

雨の高野山で教えていただいた「微笑み」の教え

高野山へ通い始めて、1年2か月が経ちました。

2026年7月5日(日)。大門の気温計は23.3℃。この日は朝から雨が降っていました。

高野山では、「雨の日は、お大師さまが高野山へお帰りになっていらっしゃる」と言われています。参詣の方も少なく、静寂に包まれた雨の高野山は、私が特に好きな景色です。

この日も奥之院御廟の燈籠堂で、お坊さん方とご一緒に理趣経を読誦させていただきました。その後、壇上伽藍へ向かい、大日如来さまの御前でも理趣経を読誦しました。

ふと大日如来さまのお顔を拝すると、口元がやさしく微笑んでおられるように感じました。

6月29日の週も、多くの良いご縁と出来事をいただきました。その一つひとつに感謝し、「来週も心穏やかに過ごしていこう」と自然に思えた一日でした。

理趣経を読み続けて気づいたこと

私が理趣経を毎日読誦し始めたのは、2026年4月21日からです。

その前は、昨年の夏頃から般若心経を毎日唱え、写経を続ける中で、自然と262文字を覚えることができました。般若心経は2分ほどで読誦できますが、理趣経は20分以上かかります。しかも17段(章)から構成されており、覚えることは決して簡単ではありません。

それでも毎晩唱え続けているうちに、少しずつ気づいたことがあります。

理趣経は、ただ長いお経ではありません。

一つの物語として、私たちの心を育ててくれる経典なのです。

正式名称は「大楽金剛不空真実三摩耶経」。

弘法大師空海が「即身成仏」の根拠の一つとして大切にされた経典でもあります。

その中心にある教えは、とても意外なものでした。

「欲を捨てる」のではなく、「欲を智慧へ、慈悲へ、利他へと転じる」。

人は欲があるからこそ学び、成長し、人のお役に立ちたいと願うこともできます。

理趣経は、その願いを自分だけの利益で終わらせず、誰かの幸せにつながる力へと育てていく教えなのだと感じています。

特に私の心に残っている一節があります。

爲欲重顯明此義故
熙怡微咲

現代語にすると、

「この大切な教えをもう一度はっきり伝えるために、仏は慈愛に満ちたやさしい微笑みを浮かべられた。」

という意味になります。

仏さまは、人を責めるためではなく、人を安心させ、目覚めへ導くために微笑まれました。

この四文字に出会ってから、「人を変えよう」と力むより、自分が穏やかに微笑むことの方が、相手の心に届くのではないかと思うようになりました。

あなたの一歩が、きっと人生を変えていく

私は僧侶ではありません。

営業という仕事をしながら、弘法大師空海の教えを日々の生活の中で実践したいと願っています。

毎朝4時30分に起き、般若心経を読誦して一日を始めます。

そして夜は理趣経を読誦して、その日一日に感謝して眠りにつきます。

もちろん、毎日完璧ではありません。

迷う日もありますし、心が乱れる日もあります。

それでも、お経を読み続けることで、「昨日より少しだけ穏やかな自分」になれている気がします。

だから私は思います。

人生は、大きく変えようとしなくてもいい。

今日一日を丁寧に生きること。

感謝を忘れないこと。

誰かのお役に立とうとすること。

その小さな積み重ねが、人生を少しずつ豊かにしてくれるのだと。

理趣経は、唱えるためだけのお経ではありません。

毎日の生き方を教えてくれる人生の教科書です。

私もまだ学びの途中です。

これからも弘法大師空海の教えに導かれながら、利他を実践し、あらゆるものに価値を見いだす心を育て、生かされている命に感謝し、一日一日を大切に歩んでいきたいと思います。

もし今、何かに迷っていたり、自信をなくしていたりする方がいらっしゃるなら、どうか焦らないでください。

昨日より一歩前へ進めたなら、それだけで十分です。

その一歩を積み重ねた先には、きっと今より穏やかな自分が待っています。

南無大師遍照金剛。

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