雨が降っていなかった朝──35年ぶりに高野山へ向かった日

高野山へ通い始めて、1年が経ちました。
昨年の今日、朝起きると、天気予報では雨だったはずなのに、雨が降っていなかったのです。
「降っていないなら、行ってみよう。」
そんな直観だけで、私は35年ぶりに高野山へ向かいました。
初めて乗る特急こうや。
車窓を眺めながら、メモにこんな言葉を書いていました。
「なんだか泣けてくる。これまでの悔しさと、今の充実感が混ざっている。」
当時の私は、精神的にも少し低迷していました。
17ヶ月間、土曜日、日曜日は外出せず、勉強と仕事に集中し続けていた時期。
必要な時間だったとは思いますが、心はかなり張り詰めていたのだと思います。
だからこそ、本能的に「何かを掴みたい」と感じていたのでしょう。
その頃の私は、
- 人の役に立ちたい
- 心を整えたい
そんな想いから、瞑想をすることも増えていました。
しかし今思えば、その「利他」と「心を整える」という生き方こそ、弘法大師空海、お大師さまの教えそのものだったのです。
当時の私は、そんなことも知りませんでした。
それでも、振り返ると不思議に思います。
「その想いを、お大師さまが見てくださっていたのではないか。」
そんな気がしてならないのです。

奥之院の参詣道で感じた、“求めていた空気”

高野山へ着いた私は、何がどこにあるのかもわからないまま、
- 奥之院
- 金剛峯寺
- 壇上伽藍
を巡ることにしました。
特に心に残ったのが、奥之院でした。
私は直観的に「一の橋口」でバスを降り、御廟まで約1.9kmの参詣道を歩きました。
その道の空気が、忘れられません。
杉木立の静けさ。
ひんやりと澄んだ空気。
足音だけが響く世界。
「自分が求めていた場所は、ここだったのかもしれない。」
そう感じました。
今でも思います。
あの参詣道を往復するだけでも、高野山へ行く価値はある、と。
当時の日記には、こんな言葉が残っていました。
「高野山は、今の自分に必要な場所だ。」
「弘法大師空海が、生きる力を注入してくれる。」
それから私は、毎週のように高野山へ通うようになりました。
お大師さまが月に9度通われたと言われる、慈尊院から高野山へ続く22kmの山道「町石道」も、4回歩きました。
そして最近では、奥之院で朝9時15分頃から始まる理趣経の読誦にも参加しています。
理趣経は、簡単なお経ではありません。
ですが、4月から毎日読誦を続けたことで、少しずつお坊さんの読経についていけるようになりました。
理趣経が説いているのは、「比較しない世界」です。
優劣ではなく、すべてに意味があり、価値があるという教え。
その思想に、私は何度も救われてきました。

高野山は、心穏やかに人生を見つめ直せる場所

2026年5月31日の日曜日。
今日も高野山を訪れ、お大師さまへ「今週もお守りいただき、ありがとうございました」と、感謝のお礼をお伝えしてきました。
そして奥之院の休憩所では、半年ぶりに中竹瑞香先生とも再会できました。
法話の中で、特に心に残った言葉があります。
「治(おだやかさ)も、乱(みだれ)も、外にあるのではない。自分の心の中にある。」
この言葉は、深く胸に響きました。
結局、人を変えようとする前に、自分の心を整えることが大切なのだと思います。
また、中竹先生は現在、四国八十八か所を歩かれており、
「しんどくなったとき、お大師さまを感じる」
と話されていました。
その言葉を聞き、私もいつか四国遍路を歩きたいと思いました。
実際、今日も金剛峯寺で、四国八十八か所を結願し、高野山へお礼参りに来られた方から「報告はどちらへ行けばいいですか?」と尋ねられました。
その方は、その後、奥之院へ向かわれたと思います。
これも偶然ではない気がしています。
高野山へ通い続けたこの1年で、私の人生は確実に変わりました。
苦しいことがあっても、以前より落ち着いて受け止められるようになった。
人の価値を見ようとするようになった。
そして、「人のお役に立つこと」に喜びを感じられるようになった。
最近では、壇上伽藍の根本大塔におられる大日如来さまのお顔が、微笑んで見えることがあります。
以前は厳しい表情に見えていたのに、不思議なものです。
高野山は、心と頭を静かに整理してくれる場所です。
毎週訪れても、毎回違う表情があります。
冬の厳しさ。
夏の涼しさ。
春と秋のやさしい空気。
世界中から、一生に一度の想いで訪れる人がいる理由が、今ならわかります。
もし今、
- 心が少し疲れている
- 頭の中を整理したい
- 自分を見つめ直したい
そう感じているなら、一度、高野山へ行ってみてください。
きっと、言葉では説明できない何かを感じるはずです。
南無大師遍照金剛。

